ブログを始めた理由は、自分自身を救いたいから。

ブログを書きはじめて10日が経った。

三連休は2日間家を離れていて、さすがにゆっくりパソコンに向かうことはできなかったけれど

それでも、早起きという意味では土日も実行することができて、とてもうれしい。

ガチガチの早起きにならずとも週1くらい休息のための睡眠を多めにとる日も必要だな。

 

今の自分のブログのモチベーションの源泉は、「早起き」。

早起きのモチベーションの源泉が「ブログ」ともいえる。

それくらい、早起きしてなにか大層な朝活をしようという目標は、まだない。

ただ、この習慣とブログが、自分のこれまでのしんどい思考をすこしでもやわらかくしてくれるかもしれない、と思っている。

 

週1くらいは自分の思考を書き留めておくログを残しておこうと思う。

ワタシ以外にも、同じような感覚を持った人がいるかもしれないから。

 

うまれて物心ついてからこの方、朝はとても苦手だった。

小さい頃からまったく起きられなかったのだ。

夜更かしも特にしていなかったはずの小・中のあたりは9時間睡眠でも足りなかった。

休みの日になると12時間以上の睡眠は当たり前だった。

とにかく眠りたくて、できることならずっと布団の中で過ごしていたかった。

 

小中学校は、たのしいこともあったけれど、しんどかった。

自分の環境は、とかく群れるのが好きな人が多く、グループがたくさんできていた。

自分も適当に属そうとはしていたけれど、その環境はとにかく疲れた。

思考の向きが違う人ばかりで、趣味も合わなかった。

学校には、クラスメイトはいたけれど友達と思える友達はいなかった。

きっと、かつてのクラスメイトは自分がそんなタイプだとは思っていないはず。

 

人が好きだけど、苦手だ。

さみしがりやだけど、人と過ごすのは疲れる。

人と会話をするのはたのしいけど、しんどい。大人数になるとなおさらだ。

相手の表情や言葉尻から、気持ちが透けて見える。わかってしまう。

構えて備えて気づいて疲れてすり減って、毎日がへとへと。

  

「気にしいだよ」「考えすぎだよ」

よく言われたし、今も言われる。

この言葉を投げかけられるのが一番きらいだ。

考えないことって、どうやったらできるんだ?

無意識に脳みそが動くのだ。感じるのだ。

考えなくてすむんだったら考えたくないんだよ。

 

当時はHSPなんて言葉もなかったから、自分のこの性格がなんなのかもよくわからず

なんでみんなはそんなに楽しそうなのかもわからず、生活していた。

 

とにかく、学校やコミュニティが苦手だった。今もそうだ。

 

日中の世界と距離を置く術のひとつが、睡眠だったんだろうなぁ。

寝ている間もいろいろ考えるもんだから、日中のことが脳裏に焼き付いて夢見はそれはもうひどかったけれど…

明晰夢も見られるタイプだったので、たのしい夢もあったりしてそれはそれで充実していた。

 

中学の時は土日の睡眠がそれはそれはひどくて、土日はほぼほぼ午後に起きていた。

早く起きた方がいいよとは何度も言われていた。

わかってるんだよ、起きたほうがいいのはわかってる

早起きは三文の徳とかいう言葉も知ってるよ、そうなんだろうよ

でも自分の大切な世界を奪われる気がしてイライラして、ますます睡眠の世界にすがった。

 

このままじゃいけないなぁ、もったいないなぁとも気づいていた。

眠りが自分よりも数時間短い人は、自分よりも何かを生み出しているかもしれない

大人になるとどんどん時間がたりなくなってくる。

やりたいことやらなければいけないことどんどん出てくる。

 

周りを気にして動けなくなって考えばっかりがどんどん膨らんで

考えるとどんどん時間も過ぎてしまうし、それが夜だとますますエンドレスになる。

自己嫌悪にもなるし、脳内も沸騰してしまって寝られなくなって

気づけば外が明るくなっていたことも何度もあって。

自分にとっては、そうなるのは8月や2月が多かった。

 

手書きで文字を書くにも脳内が追いつかなくて、結局頭の中で考えるばかりになって。

毎年毎年おんなじ感じになって、それも自己嫌悪になって。無限ループになった。

人に話したこともあった。それでも、自分のことを話すだけで涙が止まらなくなってしんどくなった。

人に話せるほど自分の思考もまとまらないし、そこで質問されても答えられない自分に自己嫌悪だし

なんでも話していいといわれても、結局そんな状況だと自分も信じられないので、ますますつらくなった。

 

ここ1年は変に物事を考えないように、SNSや動画とかいろいろ観て気を紛らわせてみたけど

やっぱりそれも何も生み出さなくて、頭の中の情報がパンパンになって

それもまたつらいなぁと思った。

 

そう考えると、この1年、結構しんどかったな。

 

ずっと前からブログを始めてみたいと思っていた。

でも、ブログの始め方とか調べて、また悩んだ。

何をやる?自分に書けることは何がある?

誰に何を伝えられる?それは誰かに響くこと?

自分の思う事なんて大したことないんじゃないか?

変に完璧主義の自分は、それだけで二の足を踏んでいた。

自分の好きなこと、得意なことを使って何か発信、といっても何も思いつかなかった。

 

またどこからか「考えすぎだよ」という声が聞こえてくる。

 

ただそれは自分の中からの声だった。

踏み出せばいいんだよね、ということもきづいていた。

 

開設の方法だけを信じることにして、conohawingでサーバーを借りた。

これで1年間踏ん張ってみよう、という、期間を決めた。

次はドメイン名で悩んだ。

よく「タイトルとドメイン名は一緒の方がいい」みたいなこともあったけど、まだなんも決まってない。

ハンドルネームもブログタイトルも決まらない。

でも自分の城を持ちたい一心で、その記録としてikmilogにした。

 

 

さて、何を書こう。

と思って、悶々と考えても、やっぱり出てこない。

好きなことはあるけれど、自分の考えがぎゅうぎゅうに密集してしまって、言語化できない。言葉にできない。

自分の特質を使うと、涙が出てくる。何も発信できない。

 

ああ、もうこれは心のリハビリが必要だ。

自分で自分を救ってあげなきゃ。

 

まずは考えが巡って悶々としてしまう夜の自分から救い出したい。

でもそうすると生活の時間が少なくなる…と思って、

朝活動してみるのはどうかな…と、ふと考えた。

でも、アラームを鳴らしても起きられない自分がどうやって…とまた悩んだ。

 

そして、自分の気質を思い出した。

そうだ、自分は自分のルーティーンを作ったらそれをやらないと気が済まないんだった。

朝のつれづれ、開始。
ねむい。ねむいいいい最近、とみに眠いのです。眠る、というより、飛ぶ。気づいたら意識が吹っ飛んでいる。前は「まぁまだ寝られるかな」で2度寝だったのに、考える隙も与えないまま気づいたら30分後とかになってる。睡眠時間は基本6時間くらい。きっと足...

今まではそれが「融通の利かない頑固さ」と思っていたけれど、それを強みに変えられるかもしれない、と思った。

 

試してみた。朝起きる目的をブログにして、そのためのルーティーンを作ってみた。

そしたら次の日、目が覚めた。行動開始できた。ブログを書けた。

 

朝にブログを書く内容も全然定まっていないけれど、少なくとも悶々としない。

思考の堂々巡りが抑えられる。書いてみたいこともポコポコ出てくる。

 

これを続けていけば、もしかしたら自分の気持ちも軽くなるかもしれない、と、思えた。

 

朝ちゃんと起きることなんて、他の人だったらそんな当たり前のこと、と思うかもしれないけれど、

自分にとっては大きな一歩だった。

今日はさすがにカラダが疲れてしまったのもあってゆっくり起床した。

これまでの自分だったら、遅く起きた朝は若干の後ろめたさというか落ち込みもあった。時間を無駄にした気がして。

それでも、休息、回復でしっかり休めた今日は全く落ち込まなかった。

気力はとてもある。

だから、大丈夫。

明日以降も続けられそうな気がする。

ワタシは、自分で自分自身を救えると思う。

 

早起きして、アサカツして、ブログ書いて積み重ねて

自分ができること、好きなことを発信していきたい。

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